日記・コラム・つぶやき

2017年8月 2日 (水)

花畑・菜園便り(6)

 
 「花畑・菜園便り」の7月の花畑・菜園の報告である。

[ 花畑 ]

Img_4903Img_4976Img_4918 今月紹介するのは「クレオメ」である。あたかも風に吹かれてちょうちょが舞っている風情なので、西洋風蝶花の別名がある。花言葉も「秘密のひととき」「あなたの容姿に酔う」という二つあるそうである。7月から9月に楚々として咲く花である。一回種を蒔くと毎年こぼれ種が芽を出し楽しませてくれる。
(写真はクレオメ3景)

Img_4881Img_4882Img_4884Img_4875Img_4935 「桔梗」の薄紫と白色の花も咲き、更に「グラジオラス」がいろんな色の花を咲かせる。グラジオラスは支柱を立てたり、花柄を捨てたりする手間が大変で、植えっ放しになってしまうのだが、毎年同じ場所で花を咲かせてくれている。(写真は桔梗2景、グラジオラス3景)

Img_4965_2Img_4966Img_4967Img_4963 「おしろい花」という花がある。この花は、朝早くか夕方の太陽の光が弱い時しか花が開かないが、色彩豊富な花色があり華やかである。いったん種から育てると、翌年は球根と種の両方から増えていく繁殖力旺盛な花である。(写真はおしろい花4景)

Img_4900Img_4977Img_4868Img_5326Img_5338Img_5325  またユリ科の「カサブランカ」が良い香りの大輪の花を咲かす。「ペチュニア」や「サファニア」も可憐な花を咲かせている。またプランターには「アメリカンブルー」と「ペチュニア」、花壇には「ポーチェラカ」が3本ある。これも毎年増やしていくつもりでいる。(写真はカサブランカ、路地植えのペチュニア、サファニア、プランター植えのアメリカンブルー、プランター植えのペチュニア、路地植えのポーチェラカ)

Img_4904Img_4890_2 「クレマチス」は以前から咲いている紫と白の花以外に、小さな赤い花をつける品種が咲き始めた。 
(写真は紫と白のクレマチス、小さな赤い花のクレマチス)

 

Img_5323Img_5342Img_4877 「ダリヤ」は大輪の物と小さい花がたくさん咲く種類のものとが咲いている。夏の花も真っ盛りである。(写真は大輪のダリヤ2景、小輪のダリヤ)

 

Img_4887Img_4930Img_4916Img_5333 「木槿(ムクゲ)」が赤と白そしてピンクの花をたくさん付けている。「マリーゴールド」と「百日草」の花畑もきれいに咲いている。間もなくコスモスも咲き始めることだろう。 (写真は木槿(ムクゲ)3景、マリーゴールドと百日草の花畑)

[ 菜園 ]

Img_4886_2Img_4879 菜園の方は、玉ねぎの後「ジャガイモ」もやっと全部収穫できた。今年は男爵とメークインだけを植えたが、昨年の例では我が家の玉ねぎとジャガイモだけで春先まで食べられた。

(写真は菜園で採れた野菜、男爵とメークインのジャガイモ)

 

Img_4878Img_4960Img_4921 菜園の方は「キュウリ」、「ナス」、「トマト」、「ミニトマト」、「ピーマン」、は順調に生育し、毎日どれかは収穫出来ている。

(写真はキュウリ、トマト、ミニトマト)

 

Img_4919Img_4926 「枝豆」は毎日1株から2株収穫して、ビールのつまみになっている。そら豆を毎日食べていた時から半月位の間があったが、またしばらくは菜園の豆をつまみながらビールが飲める。(写真は枝豆2景)

Img_5336 Img_5337  「スイカ(小玉)」も順調に育っており、7月は4個収穫できた。今年も甘いスイカが出来た。(写真はスイカ2景)

 

(この項終り )

2017年7月25日 (火)

今野敏の新刊「継続捜査ゼミ」「回帰」 を読んで

 隠蔽捜査シリーズなどの警察小説で知られる今野敏の小説は以前から愛読しているが、最近2冊の新刊を読んだ。従来の今野敏の小説とだいぶ違った内容だったので、それの紹介をしたい。

 継続捜査ゼミ           2016年10月19日発行

 回帰-警視庁強行犯係・樋口顕   2017年 2月20日発行

(1)「継続捜査ゼミ」

Konno1_2 今野敏の警察小説は平成19年に読んだ「隠蔽捜査」以来ファンになり今回まで50冊近く読んでいる。「隠蔽捜査」シリーズは現在最終回の「隠蔽捜査6去就」までの8作品はすべて読んだ。

 今野敏の小説は捜査員の悩みや思考過程が文の中に多く出てくる内容の小説が多いが、それが深刻にならず、また平易な文章なので読み易いため、疲れた時や気分転換を図るときに読むことが多い。

  今回の「継続捜査ゼミ」は今までの今野敏の小説ジャンルにないもので、元警察学校の校長が退官した後、知人の伝で女子大の教授になり、継続捜査ゼミという迷宮入りした事件を考えるゼミを立ち上げ、個性豊かな女子大生5人のゼミの学生と15年前の未解決事件を思いがけない発想から解決していく話で、その間大学内で起きる事件も並行して発生し、それを解決していく話もあり、現在発生した事件を追いかける通常の警察小説とは異なる異色の作品である。

  課題が迷宮入りの事件の調査のため資料を調べるところから始まるので、息詰まるような緊迫した雰囲気はなく、素人に教えるような描写が多かったが、それはそれで警察小説の原点を復習している気分で読めた。

 事件が発生し、その解決に全力を挙げる警察小説も面白いが、この様な事件から離れた部分が多いストーリーを描く小説もまた楽しい。

(2)「回帰-警視庁強行犯係・樋口顕」

Img_4931 この小説は警視庁強行犯係に所属する樋口顕を主人公にした警察小説のシリーズで、1996年から2000年にかけて3作品が刊行され、最近になって2014年に「廉恥」という作品が14年ぶりに刊行されている。その後またしばらく途絶えて今年(2017年)2月に5作目の「回帰」が刊行されたのだが、刊行されるまでの期間が長いのでシリーズものとして読むよりも別な話として読んでも違和感は無い。

 今回は日本で発生したテロに対して公安と刑事部の軋轢がありながら次第に協力して第2のテロ防止に尽力して行く過程が読ませどころである。

 また従来の警察小説での公安部と刑事部が絡んだ事件では公安は情報を独り占めしたがるので、刑事部も独自のやり方で自分たちの事件に迫るという公安と刑事との対立をメインにしたものが多かったが、この小説は双方が情報を共有し、協力して事件を解決するストーリーになっているのが目新しい。

 ストーリーのなかにスリーパー.という言葉が出てくるが、これはスリーパーエージェントのことで「警察官、スパイ、特殊部隊員、ゲリラ、テロリストなどで、密かに活動したり、いざという時に奇襲攻撃を仕掛けるために、一般人や工作対象組織構成員などになりすます者」を意味するということである。このスリーパーが重要な役割を持ち、テロリスト側とそれを追い詰める側の両方にスリーパーの役割をする者が居て話を複雑にしている。

 海外のテロリストの侵入、ツイッターを悪用した犯罪計画、C4という新しい爆薬による爆破事件、SSBC(警視庁捜査支援分析センター)による解析など以前では考えられなかった新しい要因が駆使されたストーリーは、今後日本だけではなく通信や情報、人の交流などの国際化が進むなかで、犯罪小説もまた日本だけではなく国際的なつながりを持ったケースが更に増加していく前兆なのかもしれない。

(この項終わり)

 

2017年5月31日 (水)

「羊と鋼の森」「蜜蜂と遠雷」 を読んで

 平成29年(2017)の本屋大賞は「蜜蜂と遠雷」に決まった。昨平成28年(2016)の本屋大賞は「羊と鋼の森」である。昨年7月に、もうそろそろ空くだろうと思って図書館に予約してから9ヶ月目の本年4月にやっと借りられた。もう今年度の本屋大賞が決まってから半月位後のことである。

 この分では今年の本屋大賞の「蜜蜂と遠雷」は直木賞も併せて受賞したことだし、図書館に予約しては1年以上後ではないと読めないなと思って買うことにした。

1. 本屋大賞について

 ご承知のように、本屋大賞は他の文学賞と違って新刊書を扱う書店の店員の投票によって受賞作を決める賞であり、平成16年(2004)にスタートしている。その第1回受賞作は小川洋子作の「博士の愛した数式」で、友愛数、完全数などいろいろな数え方があることを初めて知った。その後寺尾聰の主演で映画化されたのでそれも見に行った覚えがある。

 第2回大賞は今回2度目の受賞をした恩田睦作の「夜のピクニック」である。この行事は小生の母校でもある茨城県の水戸一高の夜行軍をモデルにしてあり、小生も奥久慈の常陸大子からや福島県の勿来海岸から水戸まで歩いた。その頃はまだ女子生徒は1年後輩に2名初めて入学したばかりで、また夜行軍には不参加であり、男子だけでひたすら歩き、走った思い出しかなく、ピクニックなどというしゃれた感じはなかった。

 この2冊は本屋大賞がまだ知名度がなかったせいか、予約などしなくてもすぐ借りられた。その後しばらくは受賞作に読みたい本がなく、平成22年(2010)の第7回受賞の冲方丁作の「天地明察」と平成23年(2011)の第8回受賞東川篤哉作の「謎解きはディナーのあとで」は発売後半年くらい後に借りて読んだ。

 平成24年(2012)の第9回受賞の三浦しをん作「舟を編む」は久し振りに読みたいと思って予約して読んだ。この本は中型の国語辞典を新しく発売するために苦闘する編集員の話で、真剣に課題を一つづつクリアしていくそれぞれの編集者の仕事に向き合う姿勢は、今回の「羊と鋼の森」と同じだと感じた。

 しかし一番面白く読めたのは「村上海賊の娘」(平成26年(2014)の第11回受賞、和田竜作)である。戦国時代瀬戸内海の村上水軍の娘が信長に追い詰められた石山本願寺を救おうとする第一次木津川口の戦いを描いた作品である。和田竜の本はそれ以前に「のぼうの城」「忍びの国」などを読んでいたので、本屋大賞とは関係なく受賞以前に読んだ。これは村上水軍が使用した炮烙玉という火薬の玉を相手の船に多数投げ込んで、織田方水軍を壊滅させた戦いで、両軍の作戦の立て方や戦闘の場面などがリアルに表現されており、織田信長を一時的にせよ破ったことが痛快だった。

 平成27年(2015)の第12回受賞の「鹿の王」は前年(2014)国際アンデルセン賞を受賞した上橋菜穂子の作品である。この作家は児童文学者として「守り人」や「獣の奏者」シリーズなどで知られており、綾瀬はるか主演のテレビドラマが「精霊の守り人」最終章として、11月から放映予定である。

 「鹿の王」は故郷を守るために戦士となった主人公は敗れて奴隷に落とされてしまうが、ある時乱入してきた奇妙な山犬たちがもたらした謎の病のせいで、他の奴隷たちは死んでしまうが生き延びた主人公は病のせいで変化し、山犬と同じ感じ方ができるようになる。そして病に侵された山犬たちとともに山奥深く入っていく。一方もう一人の主人公は医術師で同じ病をなくすべく努力している。その間に出てくる多くの人々との結びつきなどが絡み合ったエンターメントで考えさせられることが多かった。

本屋大賞の本を読んだ感想はいくつか「イバイチのコラム」に載せてある。

 舟を編む         平成24年に読んだ本(3)
 村上海賊の娘      平成25年後半印象に残った本
 鹿の王          平成27年後半印象に残った本
 海賊と呼ばれた男   平成28年3月印象に残った本

2.「羊と鋼の森」について

Img_4065 この本はピアノの調律師を目指した少年が、目指したきっかけとその後の成長物語である。ピアノの調律とは単に狂ってしまった音を正しく修正するだけが仕事かと思っていたが調律師がピアニストの演奏をベストに維持するためにピアノを最高の状態に仕上げることが出来るとは思っていなかったので新鮮な驚きだった。

 ピアノを弾く人はクラシック音楽のピアノソナタやピアノ交響曲などを弾くことを目指すのだろうが、小生が昭和25~27年の高校生時代の頃は経済的にもピアノを弾くなどとは思いもよらず、せいぜいラヂオでクラシック音楽を聴くのが精いっぱいだった。クラシックのレコードなど持っている人さえも少なかった時代である。

 たまたま家にはクライスラー演奏のメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲があった。裏表3枚組の直径30cm(12インチ)のレコードアルバムである。それをクラシックが好きな友人たちと何回も聴いていた。その後、友人が買ったサラサーテの「チゴイネルワイゼン」、サンサーンスの「序曲とロンドカプリチオーソ」などの小品のヴァイオリン曲もよく聞いた。直径17cm(7インチ)のEP盤だったかと思うが、そのヴァイオリンのふくよかな音色や激しくまた静かで物悲しい情景を作り出す演奏を聴いてすっかりヴァイオリン曲のファンになってしまった。

 その後暮らしに余裕が出来てきてからLPレコードを少しづつ買い始め、ヴァイオリンばかりでなくピアノ曲なども増えてきた。また子供の成長に伴い、アップライトピアノを購入してピアノ教室に行かせたりもしたが、この本の冒頭にある「森のにおいがする」とか、ピアノの音から情景が想像されるとは思い浮かばなかった。しかし初めてヴァイオリンの音色を聞いた時の明るく前向きな音色やその後の物悲しい旋律に心を動かされたことを思い出してそんな感じなのかなと思った。

 「ピアノとは銀盤を叩くとハンマーが連動して垂直に張られた弦を打ち、音が鳴る仕組みになっている。ハンマーは羊毛を固めたフェルトで出来ており、これが固すぎてもやわらかすぎてもよくない。固いとキンキン鳴るしやわらかいともわっとした音になる。ハンマーの状態を整えるために、目の細かいやすりで削ったり、針を刺して弾力を出したりするのが整音の決め手になる。」と文中にあるが、そのピアノの弦の鋼とハンマーの羊毛とがこの本の表題になっている。

 本文中に原民喜の言葉として「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」というのがあると先輩の調律師に言われるが、その「文体」という言葉を「音」と言い換えれば、そのような音を表現できるようなピアノの状態にしていくことが調律師の目指す仕事だということがだんだん分かってくる。

 この本の文体は素直で読みやすい。原民喜の言葉そのままに一気に読み進みられる。目標に向かって先輩に言われたように焦らずにこつこつと新しい発見や経験を身に着けながら一人前の調律師に向かって進んでいく主人公は微笑ましく応援したくなる。登場人物は真剣に自分のなすべきことに取り組み物事を前向きに考える人が多く描かれているので、それだけでは物足りない読者もいるかもしれないが、余分なことを考えずにページをめくってしまえるう本である。

 最後の頃、主人公が素晴らしい才能があると思っている女子高校生がピアニストを目指すことを決意したが、ピアニストを目指す前にその女子高校生が先輩調律師の結婚式のお祝いにピアノを弾くことになり、そのピアノの調律をやることになった。そこで一段腕を上げるのだがその辺は読んでのお楽しみ。

3.「蜜蜂と遠雷」について

Img_4067 この本は3年ごとに開催される芳ケ江国際ピアノコンクールに出場するピアニストたちが優勝を目指していく話である。コンクールは、第一次予選は指定された楽曲の中から三曲、演奏時間20分以内で行い、100名近い応募者が24名に絞られる。第二次予選は指定された楽曲の中から三曲以上とこのコンクールのために作曲された「春と修羅」という曲を演奏時間40分以内に行うことで、12名に絞られる。

 次の第三次予選は演奏時間60分以内で、各自リサイタルを構成し演奏することで6名に絞られるのである。本選は指定されたピアノ協奏曲のうち任意の1曲を選び、オーケストラと共演し、最終順位を決定するという構成である。

 このコンクールは浜松市の浜松国際ピアノコンクールをモデルにし、作者はこのコンクールを4大会、客席で取材したそうである。浜松国際はアジア最高水準と評価されているが、審査委員長をしていたピアニストの故中村紘子の尽力によるところが大きいと、朝日新聞の「天声人語」欄に書いてあった。

 主要登場人物はマサル、亜夜、塵、明石の4名のピアニストで、マサルは人気も実力も高い優勝候補。亜夜は自分を導いてくれた母の死によってピアノが弾けなくなったかつての天才少女。塵は養蜂家の父の手伝いをしながら各地を回っており、正規のレッスンも受けていないが、天才的な音楽の才能がある。明石は音大出だが企業に就職し年齢的にも最後となるであろうコンクール出場を決めた。

 この4人が持つそれぞれの事情や特質の説明をそれぞれの音楽とともに文章でだけ表現しているのがこの本の素晴らしいところである。500ページもある作品を一つのピアノコンクールに関する話だけでまとめており、クラシックにあまり縁がなかった人でもその雰囲気に巻き込まれるに違いない。作者自身もピアノを弾くそうで音楽を文字だけで表現し読者に理解させるという難しさに見事成功していると思う。 

 予選を経るにしたがってお互いが影響し合い、よりレベルの上がった素晴らしい演奏で表現して行くというのは判るが、それを観客も感じて熱烈に拍手を送るということは、ある程度以上のレベルの聴衆が素晴らしい演奏を聞いた時にのみ感じられることだと思うがどうなのだろうか。 

 主要登場人物の一人「塵」が、音楽をもっと開放して世界に連れ出すという話をしていた。世界は音楽で満ちているのに、いつの間にか音楽家、作曲家、演奏家だけのものになってしまっている。昔のように世界に音楽を満ち溢れさせたい。というようなことである。
この本を読んでいると涙が出てくる。音楽のことだけなのに泣くような話ではないと思いながら泣けてくる不思議な体験である。                

 最近はクラシック音楽を聴く機会があまりない。CDも少しは持っているがこの本の課題曲になっているバルト-クやプロコフィエフのピアノ協奏曲などは無いので、CDを購入して聴いてみようかなと思った。

 前回と今回の本屋大賞は両方ともピアノと音楽に関する内容だったが、両者とも面白かった。久し振りにちゃんと音楽を聴いてみたいと思わせるものがあった。

(この項おわり)

2017年5月26日 (金)

花畑・菜園便り(4)

 「花畑・菜園便り」の4回目である。4月はチューリップがたくさん咲いたが、5月になるとチューリップは終わって他の花がいろいろ咲きだしてくる。

Img_4103Img_4101Img_4104Img_4109_2Img_4118 5月初めには藤の花と鈴蘭の花が同時に咲きだした。チューリップに次に咲くのは先月紹介した芝桜と花菱草で、少し遅れて鈴蘭と藤の花が咲きだすのである。 ドウダンつつじは鈴蘭に似た白い花を咲かせる。藤の手前にある花壇にこぼれ種から芽を出したルピナスが1本あったが藤の花が散る少し前に花が咲きだした。1週間ほどで先端まで花がついた。

(写真は鈴蘭、藤の花、ドウダンつつじ2景、ルピナス)

Img_4202Img_4160 日陰ではシオンが花盛りになってきた。水辺に近い庭の端にはアヤメが咲いている。以前東洋一のアヤメの群生地といわれる山梨県櫛形山に行ったとき、5本位買ってきたものが増えて毎年花を咲かせてくれる。

(写真はシオン、アヤメ)

Img_4132Img_4133Img_4134 花菱草は先月より咲くスペースが広がった。赤い石竹の花は小さいので大きな花の点景が似合う。

(写真は花菱草2景、花菱草と石竹)

 

Hana88Img_4151Img_4224 昨年から植え始めたクレマチスは紫、白、濃桃の3種類が咲いた。赤もあるのだがそれはまだ咲かない。

(写真は白のクレマチス、紫と白のクレマチス、濃桃のクレマチス)

Img_4207Img_4209Img_42225月から6月はバラの季節でもある。今あるバラは白のつるバラが1本、ハイブリットが2本、フロリバンダが4本と白のミニバラが1本あるのだが、薬剤散布や剪定が追い付かず自慢できるものではない。

Hana97Hana100Hana101Hana95Hana102(写真は白いつるバラ2景、赤いハイブリットとフロリバ゙ンダのバラの花6景)

 

Hana105Hana107Hana108 菜園の方はイチゴが食べ頃になってきた。鳥よけの赤いネットを張ってある。摘みごろに雨が降るとダメになってしまうので、天気の具合を見ながら何時摘み取るか神経を使う。

(写真はイチゴ3景)

Hana109Hana111_2Hana112Hana113 そら豆も5月18日ころから毎日収穫してビールのつまみにしている。まだヘタの部分は青いが、黒くなってからでは食べ残りが出てしまうので早めに食べ始める ジャガイモと玉ねぎも順調に育っている。来月はその収穫状況が見せられると思う。このところ夏日が続き、毎日の除草が大変である。早く今の時期の気候に戻って欲しいものだ。

(写真はそら豆畑と収穫したそら豆、じゃがいも畑、玉ねぎ畑)

(この項終わり)
      

2017年4月29日 (土)

花畑・菜園便り③

「花畑・菜園便り」の3回目である。前回は3月26日にアップしたのでそれ以来1ヵ月ぶりである。

Img_3983bImg_3986b  菜園の方は2月22日に植え付けたジャガイモが芽を出してだいぶ伸びている。ジャガイモの隣の畝に植えてあるイチゴの花も咲き始めた。畑は水はけが悪いため高畝にしてあるので、耕運機でならすだけではだめで溝部分の土を運び上げねばならず、年寄りには応える作業である。(写真は芽を出したジャガイモ、花が咲いたイチゴ)

Img_3985bImg_3987b ブロッコリーは花が咲きだして収穫時期は過ぎた。冬の間は細い苗だった玉ねぎは暖かくなるにつれすくすくと伸びだした。ソラマメもずいぶん大きくなってきた。アブラムシが、取り付くのを防止するためネットを張って置いたが、背が伸びてネットに収まらないくなってきたので、外してしまった。(写真は玉ねぎ畑、ソラマメ畑)

Img_3989bImg_4000b_2Img_4003bImg_4001b 花木では2本ある花海棠(はなかいどう)が花盛りである。ちょっと上品な感じのピンクの花が沢山咲くが、花言葉は「艶麗」「美人の眠り」だそうで、ほろ酔いで眠そうにしている楊貴妃を玄宗皇帝が見て「海棠の眠り未だ足らず」と言ったことに由来しているという。(写真は花海棠4景)
      
Img_3979bImg_3981bImg_3982bImg_4004b 花畑の方はチューリップがこれまた花盛りである。先月はまだ芽を出したばかりだった赤いチューリップが,黄色いパンジーと紫のビオラの中でわが世の春を謳歌している感じである。
    
Img_4006bImg_4022bImg_4023bImg_4024b 今年はビオラが増えすぎて少しバランスが悪くなってしまったが賑やかに花畑を彩ってくれるので良しとしたい。 (写真はチューリップとパンジーとビオラ8景)

      
Img_3988bImg_4017bImg_4013b 玄関近くの花壇では芝桜が咲きだした。しばらく楽しめそうだ。また今から夏いっぱい咲き続け、毎年夏花壇の主役を務めるる花菱草もあちこちで花をつけ始めた。(写真は芝桜2景と花菱草)


    

Img_4025bImg_4027bImg_4026b 4月は月初めの桜が終わると、気温も上がり我が家でもチューリップをはじめ春の花が咲き始める。菜園の作物もどんどん大きくなっていく。そうなると毎日が除草に追いまくられるようになる。スギナをはじめ雑草の勢いは逞しく最近は畑の面積を減らさないと追いつけなくなりそうである。そうはいっても季節ごとに咲く花を眺めるのも、収穫できた作物を味わえる喜びもまだまだ続けていきたいと思う。(写真はチューリップ畑などの遠景3景)

       (この項終り )

2017年3月26日 (日)

花畑・菜園便り(2)

「花畑・菜園便り」の2回目である。1回目は2月9日にアップしたので、1ヵ月半ぶりである。

Img_3785aImg_3786a 2月末になると菜園の方は馬鈴薯の種芋を植え付ける。今年は2月22日に3畝植え付けた。男爵とメークインだけである。以前は北あかりも植えたが、最近は昔からある上記2品種だけで充分で、つい最近まで食べていた。それぞれ1キログラムを購入して一個の種芋を二つから三つに切り分けて植え付けると一家6人で食べる分には十分である。
 植え付ける2週間前に苦土石灰粒を鋤き込み、1週間前に化学肥料の粒と油粕を鋤き込んだ。今はまだ芽も出ていない畝だけだが、間もなく沢山出てくる筈である。

Img_3783aImg_3784aImg_3782a また春大根と枝豆を植える場所を耕してある。前号で紹介したブロッコリーは頂上の花蕾を収穫した後、側枝の花蕾が沢山出るのでそれの収穫時期である。そら豆も順調に育っている。

Img_3764aImg_3749Img_3750Img_3766aImg_3765a 我が家には水戸市から転入記念に頂いた白梅とピンクの梅の小木があり、2月中頃から花を咲かせ早春の香りをただよわせている。

Img_3761Img_3780aImg_3781a 花畑の方は3月初めからチューリップが芽を出してきており、またこぼれ種から紫のビオラが沢山芽を出し、黄色のパンジーとともに咲いている。

Img_3681aImg_3776aImg_3767aImg_3778aImg_3771a 玄関近くの花壇にはクロッカスが2株花を咲かせた。ムスカリの花も咲き出した。プランターの3種類のパンジーは今を盛りと咲いている。水仙も彼岸には沢山花を咲かせている。

 3月は長い冬の後、やっと巡り来た春を迎える時期である。黄色を主体にした花々を眺めると今年も春が来た事を実感し、4月以降の晴れやかに色とりどりの花を咲かせる草花を想像させ、楽しい気分が湧き上がって来る。

 
(この項終り)

2017年3月22日 (水)

伊東潤作の「江戸を造った男」「走狗」 を読んで

 平成29年(2017)2月から3月にかけて伊東潤の小説を2冊読んだ。伊東潤の本は平成26年に「黎明に起つ」を読み始めてから「江戸を造った男」が10冊目、「走狗」が11冊目である。

 以前伊東潤が著した「横浜1963」「吹けよ風 呼べよ嵐」についての感想をホームページに書いた時も述べたが、伊東潤は2011年から2016年までの六年間に5回直木賞の候補に挙げられており、現在では歴史小説の第一人者の一人になったと思っている。

 今回の「江戸を造った男」と「走狗」は、初めの頃の生硬さがなくなり、読みやすい中にもいろいろなエピソードが盛り込まれて時間を忘れて読み進められた。

Img_3757 「江戸を造った男」は平成28年(2016)9月に発行された河村屋七兵衛(河村瑞賢)の一代記である。河村瑞賢については日本海を通る西回り航路を開拓した事しか知らなかったが、それは業績の一部で江戸時代初期の流通システムを整備し、江戸が世界有数の大都市として発展する仕組みを作り出したばかりでなく、新潟で金山を復興し、大阪の治水工事でコメの収穫を増やしたりして多大の功績をあげていたのだった。

 河村屋七兵衛は、4代将軍徳川家綱の時代の江戸城をはじめ江戸の町の三分の二を焼き尽くした明暦3年(1657)の大火の時に当時の最高実力者である保科正之に見い出され、江戸の新しい町造りに尽力し、また本業の木材の売買、供給により豪商になった。
 その後、老中稲葉正則の知遇を得て奥州仙台から江戸に送る廻米の東回り航路を開き、更に裏日本の酒田から遠く下関を経て、瀬戸内海を通り、大坂、下田、江戸に行く西回り航路を開いたのである。

当時の東回り航路は銚子から荷を川船に積み替え、利根川と江戸川を経由して廻米を送るという迂遠な方法だったので費用が高くつき、過積載や悪天候による遭難などによって25%も損米を出していた。それを城米廻漕専門の番所を4か所設け積み荷の安全性の確認と船の点検修理を行うこととし、銚子から海路を下田まで行き、そこから江戸に行く航路を開発するなどして安定して廻米を送れるようにした。

 また城米の運搬実績をもとにした報奨制度、遭難した場合の補償制度や規定を犯した場合の罰則を細かく決めるなどしたため、東回り航路の安全性が飛躍的に高まり、江戸市中にコメが安定的に供給されるようになり、食料の心配が軽減されたのである。

 東回り航路の成功により、次に北海の酒田方面の廻米も海路で江戸まで廻漕することを要請された。従来の方法は酒田から敦賀または小浜まで船で運びそこから琵琶湖北岸まで馬の背で運び、再び船に載せて大津まで運び、そこから陸路で大半の米は大阪で売りさばいている。江戸まで行かせるにはそれを伊勢の桑名まで運び、また船に乗せ替えて送るので、高価になりすぎて割に合わないのである。そのため赤間関(下関)回りの航路が開発されたが、海路が長いため多くの問題が発生し、損米の率が3割もあったのでほとんど使用されなかった。

 七兵衛は現地を回って従来の五百石積みの北前船が最大だったものをその倍の千石積みの船を多く作らせ、東回り航路では4か所だった城米廻漕専門の立務所という番所を10か所設け、東回りと同様に積み荷の安全性の確認、船の点検修理などを行えるようにし、廻漕請負業者を決め、損米率などにより評価を行うなどの整備を進めた。

 このような東回り、西回りの航路を確立したことにより東北の米が安定して江戸に届くようになり、そのころ江戸の人口は百万人を突破し、同時期のロンドンやパリをしのぐ世界一の大都市になったのはこのような流通網の整備ができたためで、七兵衛の大きな功績だった。

 その後、越後高田藩の要請により、新田開発と銀山開発。大阪の治水などに手腕を発揮し80歳の時、ときの将軍徳川綱吉に拝謁し、翌年武士に取り立てられ、元禄12年82才で亡くなった。

 七兵衛はこれらの事業を推進するにあたって、従来は元請となって自分の利益を確保し、実際の運用は請負業者に任せるていたので、それぞれの業者がやりいいと思う方法で運用していたものを、細部までの運用の仕組みを作り上げ規定化した。

 そしてそれを順守して実行できた場合には報奨する制度も導入し、従事する人々のやる気を促すようにした。また作り上げた仕組みから上前を撥ねるようなことはせずに、運用のすべてを指定する業者に任せたので、定められた仕組みで運用すれば安全に操業できるようになり、永続性のあるシステムとして長期間運用できたのである。

 

Img_3758 「走狗」は平成28年(2016)12月に発行され、伊東潤が「江戸を造った男」の次に著した長編小説である。主人公は幕末から明治の初めに活躍し、初代大警視(警視総監)として欧米の近代警察制度を日本で初めて構築し「日本警察の父」と呼ばれた薩摩藩出身の川路利長(かわじとしよし)である。

 川路は禁門の変の時、長州藩総督の来島又兵衛を狙撃して倒す戦功を挙げて西郷隆盛と大久保利通に知られるようになり、薩摩藩と幕臣の勝海舟や新選組の伊藤甲子太郎などとの連絡係を務めるようになる。

 明治維新後、西郷の招きで上京して邏卒総長に就任し、司法省の西洋視察団の一員として欧州各国の警察を視察し、その結果としてフランスの警察制度を参考にして日本の警察制度を作り上げた。明治7年には警視庁が創設され40才で初代大警視に就任した。

 川路は西郷に引き立てられて軽輩の身から新政府の要職に就くことができたが、フランスの警察制度を学ぶ過程で、「警察は国家権力を守ることが何物にも勝る、警察の長は常に権力者の犬でなければならぬ」と教えられ、帰国後それを忠実に実行していくことから「走狗」の題名になったのである。

 大久保と西郷は明治6年の朝鮮派遣使節の問題や富国強兵策と自由民権の推進で意見を異にし、西郷は政権から離れて鹿児島に帰るのだが、川路は今後の日本は国権を強化し富国強兵がまず必要であるとの認識があったため、情誼の厚い性格である大恩のある西郷から離れて冷静に国権強化策を進めて行く大久保の考え方に傾斜して西郷から離れていくのである。

 その後明治7年に江藤新平による佐賀の乱、明治9年の熊本神風連の乱、萩の乱などの旧士族による反乱が続くが中央政府の平民出身者を主体にした軍隊に鎮圧され、明治10年には西南戦争により西郷は亡くなり日本は近代国家の道を進むのだが、その間、川路は様々な謀略を行い大久保の右腕のような存在になって行く。

しかし西郷の国民的人気は死後も続き、西郷を切り捨てた大久保、川路らの評判は悪くなった。その時期には同じ薩摩藩出身で西郷を敬慕していたが川路と同様に大久保陣営に参加していた黒田清隆が、酒乱の末妻を殺すという事件が起きた。その時大久保は不在だったので、川路は独断で黒田の妻は病死として処理をし、そのことで大久保との間もぎくしゃくしてしまう。そんな中、大久保が明治11年に石川県士族により暗殺される事件が起こった。西郷が西南の役で戦死してから1年も経たない時である。

 大久保という後ろ盾を失った川路は薩摩閥に代わって勢力を伸ばし始めた長州閥に押されてフランスに2度目の外遊をし、捲土重来を期する積りだったが、病を得て帰国しそのまま亡くなった。明治12年、46才だった。

 この本の著者である伊東潤は“幕末から明治初期の動乱時代を駆け抜けた川路利良は西郷や大久保の、そして自らの野心の走狗だったが、警察組織の創設という偉大な業績を残した。―わしは日本という国の走狗だったのだ。それこそが、利長が最後にたどり着いた誇りだった。”と最後のページに記している。

2017年2月19日 (日)

ホームページのトップページ更新について

Tabi4a_2Tabi1a_2 小生のホームページである「イバイチの旅のつれづれ」は平成21年に「イバイチの奥の細道漫遊紀行」をアップしたのが始まりである。
 最初トップページは奥の細道漫遊紀行にしておいたが、奥の細道巡りが終わってからは引き続き旅の思い出などをアップしたので、平成21年暮れに「イバイチの旅のつれづれ」として新たなトップページを作った。 (写真は最初のトップページである奥の細道漫遊紀行、次のトップページ旅のつれづれ)

Tabi2a その後平成24年にトップページを更新し現在まで続けていたが、今年(平成29年)には84才になるのでもう旅行にもあまり行けないと思い、旅をメインにしたホームページから家で出来る家庭菜園や読書感想などが主力の記事になると思いそれにマッチしたトップページに改訂しようと思った。
(写真は今まで使用していたトップページ)

Tabi3a そのため、従来「イバイチのコラム折に触れて」というホルダーに旅以外の項目を一括して入れておいたものを種類別に6項目に分類し、①パソコン、ホームページ関連、②読書・音楽関連、③花畑・菜園関連、④昔のこと、⑤(未定)、⑥その他として旅以外の記事を充実させて行こうと思っている。(写真は新しいトップページ)

 また新しい記事はタイトルの前に赤字でnewと入れていたが、新しくアップした順にトップページの一番上部に題名と内容を載せることにし、従来各ホルダーの下に題名を入れていたが、それを、各ホルダーをクリックすると示される目次からその項目に行けるだけに変更した。

 これはトップページが大きくなり過ぎて一画面に入りきらないようになってきたことと、いつも見に来てくださる方は新しい記事に興味があると思うのでこのように変更し、トップページはなるべく一画面で全体が見渡せるようにしたいと思ったからである。

 ご意見がある方はメールアドレス「45ibaichi@gmail.com」に連絡してください。(このアドレスは「プロフィール」の項目にも載せてある)

 おかげさまでホームページへのアクセス回数は平成29年2月20日現在で11,630回を超えている。またその前から始めたブログ「奥の細道漫遊紀行」は(1)と(2)を合わせると57,700回以上になった。

 思えばいつの間にか老後の楽しみの大きな柱の一つになっている。今後も出来るだけ自分の感じたことを発信していきたいと思うので、よろしくお願いしたい。

2017年2月 9日 (木)

花畑・菜園便り(1)

Img_3631 小生は100坪ほどの畑で野菜を作っているが、道路に面した一部を花畑にしている。花畑は春になると花が沢山咲くが、冬の1月はチューリップの球根を埋め込んだ畝にパンジー苗が植えてあるだけで、あとは何も無く殺風景な畑である。(写真は道路側から見た1月の畑)

  小生の畑は田んぼの土が多く雨が降ると水がなかなか退かないので、高畝にして水はけを良くしているが、そのぶん労力が増えるのであと何時まで出来るか判らないが、当分は続けていきたい。

 年のせいで、旅行にもあまり行けなくなりそうなので、今年(平成29年)からホームページに「花畑・菜園便り」という項目を設けて我が家の花と野菜栽培のことを適時アップして行く事にした。大した内容ではないが、興味や関心にある方は立寄って貰いたい。

Img_3612Img_3611Img_3610Img_3666_2  今年(平成29年)1月に収穫した野菜はキャベツ、白菜、ネギ、大根、ブロッコリーである。そのうちキャベツ、白菜は採り尽くしたのでそれ以外の作物を示す。(写真はネギ、大根、ブロッコリー2景)

Img_3607Img_3608 花は黄色いパンジーが花畑で咲いているだけである。パンジーと一緒に11月に赤いチューリップの球根が植えてあるがまだ芽を出さない。2月中旬になると芽を出し始め、4月になると花畑を華やかに彩る筈である。その頃になるとこぼれ種から芽を出したビオラやカワラナデシコも咲き始めて、我が家の花畑の前で足を留める人も多くなるが、それはまだ先の話である。(写真は1月から咲いているパンジー2景)

Img_3662Img_3682 菜園の方はそら豆を植えてある。霜が降ると地面にひれ伏してしまうが日が射すにつれて頭を持ち上げて来る。イチゴと玉ねぎの苗は必死で冬の寒さと戦っているが毎年いくらかは枯れてしまう。(写真は2月の早朝と昼過ぎのそら豆の苗)

 1月から2月は土を耕し、畝を造り、肥料を施して作物を育てる準備をする季節である。菜園作りを始めてから12,3年になるがやっと最近になって土が柔らかくなり、茶色から黒の、畑の土の色になってきた。何事でも10年の歳月を続ければ何とかなるものだと実感する。

 2月後半から3月初めはジャガイモの種芋を植える時期である。ネギ、玉ねぎ、じゃがいもは、最近はスーパーで買わなくても一家6人の料理は賄えるくらいの収穫量がある。最初の頃は肥料などやらなくても作物は育つと思っていたのだが、それは間違いで、土を細かく耕し草むしりをし、肥料を適量与える事によって収穫量が格段に増える事が分かってきた。

 小生は平成16年の71才の時に水戸市に移住してから菜園を始めたので、70才からの手習いが80才過ぎにやっと実を結んできた様なものである。

(以下次号)

 
(この項終り)

2017年1月24日 (火)

「壁の男」を読んで

 壁の男   貫井 徳郎著  2016年10月発売

  前回、年末年始にかけて読んだ本の中で、青山文平の「励み場」と貫井徳郎の「壁の男」が出色の出来栄えだったと記したが、今回は後者の「壁の男」の紹介である。

Img_3648 第一章では栃木県に街全体を覆い尽くす稚拙な絵で染め上げられた町があると話題になり、あるノンフィクションライターがその町を訪れるところから話が始まる。

 しかしそのライターが説明するのはほんの導入部だけで、その後は主人公の伊刈の心情を中心にして絵を書き始めたきっかけや、絵を依頼した民家の人達の想いといった経緯が展開される。

 
 第二章では伊刈が故郷のその町に帰る前に過ごした東京での話である。娘の笑里(えみり)の病気、妻の梨絵子との別離、そして笑里の死。という悲痛な話が描かれる。癌と闘病する笑里の描写が胸を打ち、なかなか読み進められなかった。

 第三章は伊刈と梨絵子が結婚する前から別れるまでの経緯。第四章は父母についての話と云う様に時間を遡る構成になっている。

 そして最後の第五章の最終行でそれまでの話をまとめて伊刈が稚拙な絵を描き始めた本当の動機が明かされるのである。

 各章ごとのストーリーはそれぞれ主題が違っており、地方の街の寂れて行く状況について、また共稼ぎの夫婦が子供の入院と云う大きな出来事にうまく対処できない問題、自分と他人を比較して劣等感に陥る青年時代の話、養護施設出身で生みの親も不明だった夫婦の話などが述べられているが、それがすべて最終行に繋がっているのである。

 ミステリーではラストの一行で意外な真相を明らかにする最後の一撃と云う手法があると云うがこの本もそのような構成である。

 伊刈の父母の話の章に母親が「才能の有無とその人の価値は全く別の問題で、才能があるからという事、ただそれだけで人の価値が決まるわけでは無い。何をしたかが大事なのだ」と息子を諭す言葉が印象に残った。

 貫井徳郎は推理作家として知られ、直木賞にも度々候補として挙げられている。今回の作品は殺人事件を解決するなどの様なものでは無く、伊刈という主人公の内面を追って行くストーリーである。各章のエピソードは重苦しいものが多いが、家族とは何か、人間の価値とは何かということを深く思い起こさせる小説だった。

(この項おわり)

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