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2017年1月21日 (土)

「励み場」を読んで

 励み場   青山 文平著  2016年9月発売

Img_3647 青山文平の本は、昨平成28年(2016)に直木賞を受賞した「つまをめとらば」をはじめ、6冊読んだ。そのうち「つまをめとらば」「半席」については昨年(2016)6月にブログとホームページに読後感を記したが、その後年末年始にかけて読んだ本の中で、この本と貫井徳郎著の「壁の男」が出色の出来栄えだったので、まず「励み場」を紹介したい。

 この本は「つまをめとらば」「半席」の様な短編の集合体では無く長編であり、主人公の笹森信郎と女主人公の智恵の内面も深く掘り下げている。表題の「励み場」とは「自分の持てる力の全てを注ぎ込むに足りる場」の事である。

 主人公の信郎は、代官所の元締め手代をしているが、先祖は主が武士から百姓になった時、その家来としてそのまま百姓になった名子と呼ばれる小作以下の身分だった。その身分から抜け出して武士に戻りたいと前の代官の伝手で勘定所雇い入れの普請役という武士の一歩手前の役に着き、そこで実績を上げて武士になろうと思い江戸に上った。

 女主人公の智恵は代官所の隣村にある藩の飛び地にある豪農の家に小さい時貰い子として育てられ、離婚の経験があるが信郎に望まれて縁組をし、信郎と共に江戸で暮らしている。

 時は宝暦八年(1758)で徳川幕府開府から155年を過ぎており、米の年貢だけによる耕作専一では成り立たず綿花や養蚕などをしたり、その流通にかかわったりした貨幣経済が浸食してきた時期である。

 ある時、3年前にあった宝暦5年のいわゆる宝暦飢饉からの復興に尽力した功労者を顕彰することになり、その人選に異議を唱える名主が現れ、その調査のため信郎が出掛けて行くことになった。

 そこの久松加平という名主は昔戦国領主だったが土着し草分け百姓として代々名主を務めていた家柄である。その加平との会話を通して、耕作専一を如何にして維持して行くのか、そして加平が本当に訴えたかった事は何か、という内容に引き込まれて行く。これがこの本の後半を占める主要な部分であり、農本主義の矛盾、それを守ろうとする名主をはじめとする農民の苦闘、そして破局に至る内容が読む人の心に迫って来る。

 一方智恵も、自分の出自についての負い目を持ち、信郎が何時になっても侍になれないのは自分のせいであり、腹の子を堕ろして離婚した方が良いのかと思い悩み実行に移そうとするが、その時衝撃の事実を知ることになる。

 信郎は加平と出会いその話を聞く事によって、自分が励むべき場所は武士になることでは無く他にあることを悟り、真の励み場に智恵と共に歩むであろう予兆を見せて物語が終わる最後は感動的である。

 青山文平の文章は平易で読み易く、代官所の元締め手代の仕事の内容や信郎が本物の武士になることを目指した普請役から支配勘定になるためには本人の努力だけでは無い難しさがあることなどが抵抗なく頭に入ってきて感情移入をしながら読み進められ、読後感が爽やかである。

(この項おわり)

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