« 「励み場」を読んで | トップページ | 花畑・菜園便り(1) »

2017年1月24日 (火)

「壁の男」を読んで

 壁の男   貫井 徳郎著  2016年10月発売

  前回、年末年始にかけて読んだ本の中で、青山文平の「励み場」と貫井徳郎の「壁の男」が出色の出来栄えだったと記したが、今回は後者の「壁の男」の紹介である。

Img_3648 第一章では栃木県に街全体を覆い尽くす稚拙な絵で染め上げられた町があると話題になり、あるノンフィクションライターがその町を訪れるところから話が始まる。

 しかしそのライターが説明するのはほんの導入部だけで、その後は主人公の伊刈の心情を中心にして絵を書き始めたきっかけや、絵を依頼した民家の人達の想いといった経緯が展開される。

 
 第二章では伊刈が故郷のその町に帰る前に過ごした東京での話である。娘の笑里(えみり)の病気、妻の梨絵子との別離、そして笑里の死。という悲痛な話が描かれる。癌と闘病する笑里の描写が胸を打ち、なかなか読み進められなかった。

 第三章は伊刈と梨絵子が結婚する前から別れるまでの経緯。第四章は父母についての話と云う様に時間を遡る構成になっている。

 そして最後の第五章の最終行でそれまでの話をまとめて伊刈が稚拙な絵を描き始めた本当の動機が明かされるのである。

 各章ごとのストーリーはそれぞれ主題が違っており、地方の街の寂れて行く状況について、また共稼ぎの夫婦が子供の入院と云う大きな出来事にうまく対処できない問題、自分と他人を比較して劣等感に陥る青年時代の話、養護施設出身で生みの親も不明だった夫婦の話などが述べられているが、それがすべて最終行に繋がっているのである。

 ミステリーではラストの一行で意外な真相を明らかにする最後の一撃と云う手法があると云うがこの本もそのような構成である。

 伊刈の父母の話の章に母親が「才能の有無とその人の価値は全く別の問題で、才能があるからという事、ただそれだけで人の価値が決まるわけでは無い。何をしたかが大事なのだ」と息子を諭す言葉が印象に残った。

 貫井徳郎は推理作家として知られ、直木賞にも度々候補として挙げられている。今回の作品は殺人事件を解決するなどの様なものでは無く、伊刈という主人公の内面を追って行くストーリーである。各章のエピソードは重苦しいものが多いが、家族とは何か、人間の価値とは何かということを深く思い起こさせる小説だった。

(この項おわり)

« 「励み場」を読んで | トップページ | 花畑・菜園便り(1) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事