2018年6月20日 (水)

葉室麟の遺作「玄鳥さりて」を読んで

 葉室麟は昨年(2017)12月に66才で亡くなった時代小説家である。デビュー作の乾山晩愁(2005)で歴史文学賞を受賞し、その後、銀漢の賦((2007)で松本清張賞を、そして蜩(ひぐらし)ノ記(2012)で直木賞を受賞している。
 

 玄鳥さりて   葉室麟   2018年1月発売

Img_6558  「玄鳥さりて」は葉室麟の遺作となった時代小説である。

 主人公の三浦圭吾は少年時代、道場で一番の使い手で8歳年上の樋口六郎兵衛の稽古相手になることが多かった。圭吾は稽古に励み、何時しか道場の隼といわれるほど上達した。六郎兵衛は軽輩の出なので、剣の使い手だけでは出世できず、また自分を売り込もうとはせずひっそりと生きていた。その六郎兵衛がある時以前から遺恨を持っていた3人の藩士に襲われたが、逆にその3人を切り殺し遠島になった。

 それから10年が経ち六郎兵衛が許されて帰藩できることになった。その頃圭吾は出世して勘定奉行になり、藩内の派閥争いに巻き込まれるようになってきた。また本藩から養子に来た藩主も親政を考えて派閥争いに首を突っ込んできた。その間いろいろな出来事があったが結末近く、藩主は圭吾が邪魔になると考え、六郎兵衛と果し合いをすることを命じ、同時にどちらかが生き残ったとしてもそれを抹殺しようとした。

 それに対し、果し合いの場で圭吾を葦の茂った水辺のほとりに誘い込んだ六郎兵衛は圭吾に侍を辞め関西に行くことを薦め、用意してあった小舟に圭吾を乗せた。病気のため余命がいくらも無いことを知っていた六郎兵衛は「武士の刀は主君であれ、家族であれ、おのれの命にかえても守りたい大切なひとのために振るうものだ」というせりふを残して藩主を切るべく歩き出すところで終わる。

 玄鳥とは燕のことで、六郎兵衛が圭吾の家の守り神になっているとの意。六郎兵衛は以前親切にされた剣士を守りきれず切腹させてしまったことがあり、圭吾の道場での表情がその剣士にそっくりだったことから、圭吾を生涯友として守ろうと思い定めたのだった。

 葉室麟の小説は、自分の考えを思い定めた後は、たとえ自分の不利益になっても幾多の困難や誘惑を乗り越えて、信じる道を進んで行こうとする作品が多い。また作中に短歌、俳句、漢詩などを取り入れて、それが作品の隠れた主題になっていることも多くある。

 この作品でも「吾が背子と二人し居れば山高み 里には月は照らずともよし」という和歌がその役目を果たしているが、他の作品でも正邪入り乱れるストーリーの中でも一服の清涼剤になっており、また主人公の変わらぬ想いを再認識させる役目を果たしている。

 葉室麟の作品を読むのは平成21年(2009)に「秋月記」「銀漢の賦」を読み始めて以来、この本で丁度50冊目にあたる。人間の欲望に陥る弱さに理解を示しながらも己の生き方を曲げない作品が多く、爽やかな読後感をもたらし余韻を残してくれる。ずっと愛読してきた作者であり寂しい限りである
 

(この項終わり)

2018年6月 9日 (土)

平成30年茨城県南のバラ園巡り②

2.つくば(藤沢邸)ローズガーデン

 常総市の「坂野ナチュラルガーデン」から、つくば市の「つくば(藤沢邸)ローズガーデン」に行く。常総市とつくば市は隣接しているので、県道123号線から県道24号線に乗り、13時頃つくばローズガーデンに到着する。藤沢邸と括弧書きを入れたのはグーグルマップには「藤沢邸ローズガーデン」と記されていたからで、どちらが正式名称か判らなかったからである。

 このローズガーデンは約900坪の敷地に700種類、2500本のバラがあるそうで、元つくば市長の藤澤順一氏の個人のバラ園である。入口に藤澤勘兵衛翁生家と記された碑が立っていたが、この人はつくば市が出来る前の旧桜村の村長を4期務められ、つくば市名誉市民にもなった人で、順一氏の父である。

Img_6487Img_6493Img_6495Img_6528 入り口を入るとバラのアーチで囲まれた通路があり、その左右にバラ園がある。通路の中央付近に料金所があり、500円/人を払って左側のバラ園に入る。

Photo_22 その時貰った園内マップを見ると、バラ園はAからFまでのエリアがある左側のバラ園と、「Gローズトンネル」という料金所のある通路を挟んで、右側にHからKまでのエリアがある。少し離れてプラントショップがあるLエリアを含めると12のエリアに分かれている。料金所から入った左側のバラ園は芝生が「Bホワイトローズ」エリアまで続いており、Bエリアにある円形の中央の場所ではジャズコンサートなどが行われるそうである。

Img_6497Img_6498Img_6499Img_6511Img_6501Img_6500 南側の「Eバラと宿根草」のエリアにはギリシャのビ-ナスやアキレスらしい彫像にバラや他の草花を配した場面が多く見受けられた。日本庭園ならば、自然石や灯篭が置かれるように洋風のガーデンにはこのような彫像やトレリスなどを配することで、花やガーデンのたたずまいが強調されるのが感じられた。

Img_6502Img_6506Img_6507Img_6508Img_6509 「Cバラの回廊」では つるバラが咲く大きな木製のトレリスの中を歩けるようになっている。近くにネギ坊主のようにな紫色の大きな丸い球状の植物があった。始めてみるが目立った植物であり、係の人に聞いたらアリウム ・ギガンチュームという名前だそうである。別名花葱とも言われ、花言葉もあり、「深い悲しみ」などというそうである。

Img_6510Img_6512Img_6514 「Lローズウォール」は壁紙のようにバラが一面に咲いている場所であり、小さいバラの集まりのことが多い。

 

 

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 ローズトンネルの右側のバラ園に入る。「K芝生の広場」の売店で、パラソル付きのテーブルと椅子席に入り、バラの香りのするソフトクリームを食べ一休みする。「H・I・J」エリア」はそれぞれフレンチローズエリア、イングリッシュローズエリアなどに分かれているが、その違いはあまり良く判らず、青や白のトレリスなどが沢山置かれていて、バラの花を引き立てていることなどの方にに目が行った。

 約1時間半ほどバラ園を鑑賞して帰途に付く。今回の二つのバラ園は昨年鑑賞した県北の二つの個人のバラ園が小規模で家庭的な雰囲気だったのと異なり、ある程度広い敷地があり、バラつくりを始めたのは坂野ガーデンは2000年から、藤沢邸ガーデンは2005年からと10年以上前から始めて年季が入っているのでそれぞれ見せられるガーデンになっている。

 昨年は個人宅のバラ園以外に茨城県植物園と茨城県フラワーパークのバラ園を鑑賞した。今年は国営ひたち海浜公園のバラ園も見に行くつもりだったが、季節の進みが早く、最盛期は過ぎてしまったので、来年に持ち越しである。

 桜や美術鑑賞もそうだが、茨城県は首都圏から少し離れているので、バラなどを鑑賞するのも人出を気にすることなく、自分のペースでゆっくり味わえるのが良く、満足できる一日だった。

(この項終わり)

 

2018年6月 7日 (木)

平成30年茨城県南のバラ園巡り①

 
 昨平成29年(2017)茨城県北の個人のバラ園やフラワーセンターを見に出掛けたが、今年(平成30年)は県南の個人のバラ園を見に行くことにした。

 今年は春先から暑い日が多く、桜も例年より早かったので、バラの開花も早いのだろうと思っていたが、日程がうまく取れず昨年より3日早い5月24日(木)に行くことになった。

 昨年は県北の日立市と大子町のバラ園を見たのだが、今年は県南の常総市の「坂野ナチュラルガーデン」とつくば市の「つくば(藤沢邸)ローズガーデン」に行くことにした。両者ともインターネットではたくさん紹介されているバラ園で入園料はそれぞれ一人500円である。

1.坂野ナチュラルガーデン

 水戸市の自宅を9時30分に出発し、水戸南ⅠCから北関東道に入り、友部JCSから常磐道に、つくばJCSから圏央道に入り、昨春完成した常総ⅠCで降りた。国道294号線から案内標識に従って県道123号線に入り、坂野家の駐車場に11時近くに着いた。坂野ガーデンにはその駐車場に車を置き、水海道風土博物館になっている坂野家住宅の脇を通り行くのである。

Img_6452Img_6486 坂野家住宅は500年前からこの地方の惣名主存在としてあり、敷地は3千坪と広大でありる。母屋、表門は重要文化財である。平成10年に屋敷の建物が市に寄贈されて保存整備が行われ、平成13年に水海道風土博物館として一般公開したもので大河ドラマを始めとするTvドラマや映画などのロケにもよく使用されるそうである。

Img_6454Img_0001Img 坂野ナチュラルガーデンは坂野家住宅から数分歩いた所にあり、手造りの春のローズガーデン坂野という案内板があった。入園料は花のある時は500円、無い時は300円だそうである。入口でパンフレットを貰って中に入る。やはりバラのピークは少し過ぎているようだと思ったが、まだまだたくさん咲いていると言われた。
 4,000㎡あるという庭には春と秋のローズガーデンの他にも3月から11月まで色々な花が咲いている。

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 順路に従って進むと小径が沢山分かれており、つるバラを這わせたアーチを潜りながら坂を降りていく。

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 「バラ交い道」と名付けられた平地に行くとバラばかりではなく、いろいろな花が咲いていた。

Img_6474Img_6485Img_6470Img_6468 「切岸の花棚」という場所には、高い木に7ḿの高さまでバラを誘引してあった。

 

 

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 他にもたくさんのバラが咲いていた。

 

 

 約1時間近く坂野バラで過ごし、12時近く次のバラ園である「つくばローズガーデン」に向かった。

(以下次号)

2018年5月23日 (水)

平成30年 花畑・菜園便り(2)

平成30年の「花畑・菜園便り」2回目です。

前回は4月初めまでの報告でしたので、今回はその後5月中旬までの花と野菜の便りです。

【 花畑 】

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 4月後半になるとスズランが咲いてくる。

 

 

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 ビオラもまだ花盛りだ。

 

 

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 夏を彩る花菱草もそろそろ花をつけ始めた。

 

 

Img_6380Img_6381Img_6383Img_6384Img_6426 5月になると、昨秋、花壇に植えたストッカーや金魚草は、冬の寒さに耐えて生き残った何株かが、花を咲かせた。

 

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  ラティスフェンスに這わせた白いつるバラや早咲きのクレマチスも満開になった。

 

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 アヤメ、シラン、金蓮花(ウィキペディア)、ダリアも咲いている。

 

Img_6433Img_6447Img_6448Img_6450Img_6451 カワラナデシコ、石竹も咲きだした。

 

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 4月末から10月末まで我が家の花壇と花畑は、いろいろな種類と赤や黄色などの彩り豊かな花が咲き、道行く人たちを楽しませることと思う。

 

 

 【 菜園 】

Img_6354Img_6357Img_6359 4月23日のレタス、小松菜、ジャガイモの様子である。

 

 

 

Img_6376Img_6377 5月5日に収穫した小松菜、ネギ、ブロッコリー、イチゴ、ソラマメである。ソラマメは今年初めての収穫で、この後毎日ビールのつまみとして収穫している。

 ブロッコリーも春になって植えた苗からの初めての収穫である。

 

Img_6388Img_6390Img_6391Img_6401Img_6402 5月10日の玉ねぎ、ジャガイモ、ソラマメ、イチゴの状態です。

 

 

Img_6418Img_6419Img_6421Img_6423 5月15日、2つ目のブロッコリーと最初のブロッコリーの脇芽の状況で、両者とも収穫時期である。またレタス、大根も収穫時期である。

 

 

(以下次号)

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2018年5月13日 (日)

「修羅の都」を読んで

 修羅の都    伊東 潤著   2018年2月発売

Img_6403 源平時代の源頼朝とその正室、北条政子の物語である。
 先日鎌倉の鶴岡八幡宮に行ったばかりであり、また伊東潤は好きな作家でもあるので、迷わず図書館から借りてきた。

 頼朝は朝廷の支配から脱して鎌倉幕府を開き、幕末まで続く武士による支配を始めた人物でありながら、源氏による将軍職は三代しか続かずに以後は北条氏の執権時代が続いた理由はなぜなのか、また尼御前といわれた北条政子の実像はどうだったのか詳しく知らなかったので興味を持って読んだ。

 物語は頼朝の死後二十二年経過した承久三年(1221)に後鳥羽上皇が鎌倉幕府三代将軍源実朝が暗殺された混乱に乗じて執権の北条義時に対し討伐の院宣を出したが、逆に鎌倉幕府の御家人に攻め込まれて敗れた承久(じょうきゅう)の乱のとき、政子が出陣する御家人を鼓舞する演説をしようとするところから始まる。この乱に勝ったことによって北条義時は朝廷を武力で倒した唯一の武将として後世に名を残すことになった。

 そして物語はさかのぼって源義経が元暦二年(1185)に壇ノ浦で、平家を討滅した書状を頼朝が読む場面に変わる。頼朝は義経に「平家討伐よりも、先帝(安徳天皇)の保護を優先すべし」と伝えていたのだが義経は「平家を滅ぼす」ことだけが目的であり、その後をどうするかなどは考えておらず。頼朝との考え方の違いがあった。

 やがて京都に戻った義経は頼朝との不仲が明白になり、奥州の藤原秀衡を頼り平泉に逃れた。しかし文治元年(1187)に秀衡が没すると後を継いだ泰衡が義経を殺したにもかかわらず頼朝は奥州に兵を出し、奥州藤原氏を滅亡させた。

 建久三年(1192)に後白河法皇が崩御し、頼朝は征夷大将軍に任じられ晴れて諸国の武士を統率する名目を得た。

 その後、建久六年の頃から頼朝は老耄(ろうもう=認知症)にかかり、政務にも事欠くようになってきた。朝廷側も巻き返しを図り、このままではせっかく築き上げた鎌倉幕府そのものが瓦解する恐れが出てきた。そしてつかの間の正気に戻った頼朝は政子に鎌倉幕府の将来を託して政子の作った毒入りの握り飯を食べ、馬に乗って走っている途中落馬して亡くなった。建久十年頼朝五十三才の時だった。

 最終章は物語の最初に出てきた承久(じょうきゅう)の乱で鎌倉を出陣しようとする御家人たちを鼓舞する名演説をする場面である。心を動かされた御家人は十数万騎に膨れ上がって京に攻め上り鎌倉幕府の危機を救ったのである。

 頼朝が鎌倉幕府を開いて守護・地頭を置いた頃はその威令は東国だけにしか通用せず、西国は広大な荘園を持った皇室が支配していた。それを西国も含めた全国に守護・地頭を置けるようになったのは承久の乱以後で、その意味でもこの乱は鎌倉幕府の権威を確立した大事件だったのであり、頼朝の死後二十二年を経過したにもかかわらず、政子が登場するこの乱のことを最初と最後に述べたことは大きな意味があったのである。

(この項終わり)

2018年5月 8日 (火)

2018年 栃木県桜巡り②

3.那須那珂川河畔公園、黒磯公園

 矢板ICから那須ICに行き東急ハーベストクラブ那須に泊まる。翌4月6日は曇りで雨が降りそうな中を那須IC近くにある那珂川河畔公園に行く。

Img_6293Img_6295Img_6292 ここは平成5年に整備された公園で、那珂川河川敷には野球場やサッカー場が何面かあり、堤防にはソメイヨシノがたくさん咲いており満開だった。

Img_6291Img_6287Img_6288 堤防を隔てた場所が日本庭園などの公園になっている。日本庭園の清水池のほとりには紅しだれさくらが咲いていて、曇天にふさわしく風情があった。三春の滝桜の子桜が植栽されているというが、この桜かどうかは判らない

 那須山側の崖の上は黒磯公園で、らせん状の100段あるという「ふれあい橋」という階段で黒磯公園に行けるようになっているが、100段もの階段を往復するのは大変なので、回り道をして車で黒磯公園に行った。黒磯公園は昭和32年開園だそうで、300本以上のソメイヨシノの巨木が並んでいる。

Img_6296Img_6297Img_6298 100段階段のあるふれあい橋のはるか先に、那珂川河畔公園のソメイヨシノがよく見えた。那須連山も見えるというが今日は曇り空で、遠くは見えなかった。


Img_6299Img_6301aImg_6300 今年の黒磯さくら祭はこの公園で明4月7日から22日までの期間で夜はライトアップもされるそうで、ぼんぼりも沢山ぶら下がっていたが、始まる前に満開になってしまっている。

 今日は曇りで花見気分ではなく、晴れていれば素晴らしかったと思う。桜を墨絵で書いている女性が居た。「今日はあいにくの天気で残念ですね」と話しかけたら、「でも家が近いからまた天気の日にも来ようと思っています」と言っていた。

4.那須烏ヶ森公園

Img_6305Img_6306Img_6303Img_6304 黒磯公園から烏ヶ森公園に行く。最初は行く予定はなかったが桜がソメイヨシノを中心に1300本もあると聞いて行くことにした。ナビに烏ヶ森公園駐車場と入れて行ったのだが、閑散としていた。こんなものかなと思いながら坂道を上り、山頂にある烏森神社に行く。

Img_6307Img_6308Img_6309Img_6310 途中に桜の木は何本かあったが神社付近には少ししか無く、駐車場に戻った。駐車場の先の山のヘリ近くにソメイヨシノの林があるのを見かけて近くに行くと、道路に覆いかぶさるようにソメイヨシノのトンネルが続いていた。しかし曇天の下ではあまり見栄えは良くなかった。

 帰宅してからネットをよく見直したら、停めた駐車場は神社に行く駐車場で、山の反対側に大池という池がありそこにも駐車場があるらしかった。その付近には日本庭園や洋風庭園があり、池の周辺には桜もたくさん咲いていてそこが本来見ようと思った場所だったようだ。とにかく最初に行った駐車場には桜まつりの幟や案内ポスターなども無く、市の観光課や観光協会は不親切だと思った。

E 那須塩原市役所のホームぺージに掲載されていた烏ヶ森公園の写真を転載する。

来年以降機会があれば見に行きたいと思っている。

 

5.大田原龍城公園

 那須塩原市烏ヶ森公園から大田原市の龍城公園に行く。この公園は戦国時代に築かれた大田原城の城跡を昭和12年に整備して出来た公園である。ソメイヨシノなど約500本が本丸跡の広場を中心に植えられている。

Img_6326Img_6311Img_6312Img_6327 駐車場を出て満開の桜を眺めながら本丸に続く広い道路を行くと「大田原城之図」という大田原城跡の大きな地図板が置かれており、近くに紅しだれが咲いていた。

Img_6313 二の丸に通じる坂道を上がっていくと、向かって左側に大きな塔が建っていた。平和の塔という名で、明治以来の戦没者の霊を慰めるものだそうである。後日ネットで調べたが、ある市会議員が参拝したという記述が1件あるだけで、忘れられた存在になっているようだった。

Img_6315Img_6318Img_6319Img_6320 二の丸から本丸跡の広場に出る。本丸を四方から囲む土塁の上にはたくさんのソメイヨシノが咲いていた。出店も出ており、曇り空だが桜を見に市民が訪れている。

Img_6322Img_6323Img_6324Img_6325 周囲にはぼんぼりが置かれて花見気分を盛り上げており、ライトアップもやるらしい。土塁の上にも小路があり、眼下に桜が眺められるようになっている。青空でないのが残念だった。

 龍城公園から国道400号線を下り、道の駅「ばとう」に出る。桜にばかり眼が行き、栃木土産の「とちおとめ」苺を買い忘れていたのに気付き、ここで買い求め、国道293号線から国道118号線に出て、水戸に帰着した。

 今回はあまり知られていない栃木県北部の桜を5ヶ所訪ね歩いて、宇都宮より南にある千手山公園だけは満開を過ぎていたが、他の4か所は満開の桜が見られたのは良かった。ただ2日間のうち最初の日は青空に恵まれたが、2日目は終日曇天で、青空の下に咲き誇る桜が見られなかったのは残念だった。

(この項終わり)

 

2018年 栃木県桜巡り①

 平成30年4月5日に東急ハーベストクラブ那須に一泊旅行をした。昨秋東急ハーベストクラブ鬼怒川に一泊旅行をしたときに5千円相当のリゾート施設利用券を使い損なっていて、その期限が今年の4月10日までだったので、慌てて茨城県水戸市の我が家から比較的近い那須に行くことにしたのである。

 4月となれば桜見物だということで、栃木県の桜を何ヶ所か見ながら行くことにした。栃木の桜の名所は全国桜名所100選に「日光街道桜並木」「大平山自然公園」「大平山」の3か所入っているが、今年の桜の咲き具合では「日光街道桜並木」と「大平山自然公園」は散ってしまいそうだし、「大平山」は少し遠回りになるので、それ以外の桜の名所をインターネットで調べた。

 行程は北関東自動車道の水戸南ICを出発して東北自動車道に入り、那須ICに行くコースなので、東北道沿線の鹿沼千手山公園、矢板長峰公園、那須黒磯公園、那須烏ヶ森公園、大田原龍城公園の5か所を候補に挙げ、当日は10時ごろ出発した。

 3月下旬からずっと20度以上の気温が続いたので、水戸周辺のソメイヨシノは3月中に満開になり、出発前日の4月4日は26.6度まで気温が上がったので、桜はもう遅いのかなと思いながら鹿沼ICで降りる。

1.鹿沼千手山公園

 鹿沼には川上澄生美術館美術館があるので、桜が駄目ならそちらを見る積りだった。川上澄生は木版画の大家で、代表作である「初夏の風」を見た棟方志功が版画をはじめるきっかけになったという。小生は20年位前にこの美術館に来た事があるので、「初夏の風」をはじめとする川上澄生の作品をまた見たいと思っていた。


Img_6254 Img_6252千手山公園には11時30分ごろ着いた。入口近くには朱色に塗られた仁王門があり、その奥には千手観音像を祀った紫雲山千手院というお堂がある。このお堂は下野三十一番札所だそうである。


Img_6236Img_6247Img_6251Img_6249Img_6250 千手院の上方は千手山という山で、そこには約300本の桜が咲いている。昭和23年に鹿沼市の市制施工記念に整備されて公園になった。この公園にはおとぎ電車、ジェットスター、観覧車などの遊具があり、乗車賃は一人50円と格安のため小さな子供連れの客で賑わっている。

Img_6244Img_6242Img_6237Img_6238Img_6246 山頂は広い台地になっており、露店の食べ物屋が出ている。桜はもう盛りを過ぎていたがまだまだ楽しめた。天気が良かったので桜を見る若い二人連れも多く。駐車場はほぼ満車だった。

 1時間以上千手山公園の桜を見た後、東北自動車道を鹿沼ICから矢板ICまで行き、長峰公園を目指した。

2.矢板長峰公園

 この公園には約150本の桜が咲いており、芝生公園にある45,000株あるといわれる芝桜とともに公園全体をピンク色に染めるというので期待して行った。長峰公園は桜よりつつじが有名で、4月下旬になると約5000本のつつじが咲き誇り、つつじ祭りが行われるそうである。

Img_6266Img_6267Img_6262Img_6257Img_6263 ここのソメイヨシノは満開だった。千手山公園より1週間位咲くのが遅いようだ、芝生公園の芝桜はまだ咲き始めだったが、芝生公園の中にある数本のしだれ桜も満開で、周囲のソメイヨシノもすべて満開で、花見はこうでなければならないと改めて感じた。

Img_6264Img_6269Img_6270Img_6271Img_6272 芝生公園の近くに少し変わった桜があると思ったので、行ってみるとアカヤシオというつつじの仲間だった。

 公園の高台の方にあるつつじの群落はまだつぼみだが一部赤く色づいてきたのもあり、間もなくつつじの郷矢板といわれるこの付近は赤いつつじ一色になるのだろう。高台の頂上にはシンボルタワーと展望台があり眺めは素晴らしいとのことである。

(以下次号)

2018年4月18日 (水)

平成30年 花畑・菜園便り(1)

 平成30年の「花畑・菜園便り」を始めます。

 今年の「花と野菜」の報告は3月から4月初めの花から始めます。

花畑

Img_6028Img_6030Img_6032Img_6025Img_6033 平成30年 3月はじめには家の庭に2本しかない梅が満開になった。早咲きの小さな水仙も咲き始めた。大きな花の咲く水仙はまだ、つぼみである。チューリップは芽を出したばかりである。

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       3月中旬になると水仙がたくさん咲いてくる。むらさきなずな(オーブリエチヤ)も小さな花を咲かせ始める始める。

今年はチューッリプも早く咲きそうである。

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Img_6334Img_6331Img_6226 Img_6229 4月上旬、赤や白などの芝桜が満開である。


ムスカリもたくさん咲いてきた。

 

Img_6230Img_6336Img_6338Img_6233Img_6340 勿論、チューリップもある。

 

 

 

Img_6344Img_6342 どうだんつつじと芝桜が咲く庭は我が家の庭とは思えないほど大きい。

 

 

(この項終わり)

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2018年4月15日 (日)

フレッツADSLからドコモ光に変更

 今回、2004年(平成16年)11月から使用していたフレッツADSLから今年(2018年、平成30年)3月からドコモ光に変更した。

 フレッツADSLのサービス提供は一部地域を除いて2023年1月31日までに終了するとNTTが発表したそうで、そろそろ光に変更する時期かと思っていたし、孫も大学生になってパソコンを買うことになったので、娘夫婦もやっと光回線に変更することを決めたのである。回線の費用負担は娘夫婦の方なので、機器や回線については任せて、小生はインターネット接続の変更をやればいいとのことだった。

 改めてインターネット接続について説明するとADSL回線の場合は「モデム」というデジタル信号とアナログ信号を変換する装置と「」ルータ-というパソコンやスマホタブレット端末を接続する装置が必要であり、我が家ではADSLモデム内蔵ブロードバンドルーターWeb Caster 3100NVワイヤレスセットというモデムとルーター一体型の機器を使用していた。

 光回線になるとモデムの代わりに光信号とデジタル信号を変換する「ONU (Optical Network Unit)」という装置が必要になり、それにルーターをつなぐことになる。今回は「GE-ONU」と「Aterm WG1900HP」というルーターを使用することになり、そこから「aterm-ec1078-a」というホームネットワークでパソコンやスマホなどに接続することになる。

 このONU、ルーターまではNTTの工事業者がやってくれるので、その後のパソコンなどの接続をすればいいのだが、ユーザーIDやパスワード、アクセスキー、ネットワークセキュリティなどがあちこちにあって、どれを入れれば良いのか判らず時間ばかり過ぎるので、プロバイダーのぷららに問い合わせて教えて貰った。

  解かってしまえば簡単なのだが、どの書類の本パスワードを使用するとか、パスワードがいくつもあるので、どのパスワードを入れるのかもう少し丁寧に表示や説明をして貰いたいものだ。

 一台のパソコンで設定してしまえば自動的に他のパソコンやスマホでも設定されるので、それは良かったと思う。

しかし例外があって、プリンターはそれぞれに設定せねばならず、しかも購入した時のDVDをパソコンを使用して自動的に設定することが出来ず、SSID(ネットワーク名)と13桁のセキュリティーキーを打ち込んで手動設定する方法で設定した。プリンターはエプソンとブラザーとがあるので、打ち込むキーの数が多いと大変である。

 しかし光回線にして好かったこともある。まずブログに写真を張り付ける時、以前は20分から1時間しないと張り付かなかったがそれが1分以内で張り付くようになり格段に速くなった。

 またYouTubeにアップするときは数時間かかったものがこれも数分でアップ出来るようになり光の威力が良く判った。

 (この項終わり)

2018年4月13日 (金)

「雲上雲下」を読んで

 雲上雲下    朝井 まかて著   2018年3月発売

Img_6220 朝井まかては幕末の水戸藩に関連する作品「恋歌」で平成25年に直木賞を受賞した作家であり、「雲上雲下」以前に15冊発行された中で11冊愛読している好きな作家である。

 今回の作品は民話や物語りの世界を再構成して、枯れることの出来ない丈の長い草「草どん」がしっぽの短い子狐に語ることから始まる。

  傘地蔵、竹取物語、浦島太郎、龍の子太郎、九尾の狐などの子供時代に聞いたり読んだりしたお伽噺を違ったストーリーに再構築して話し聞かせる物語は、昔のことを思い出させながら、そのお伽噺を発展させた新しい話に引き入れられ、つい長時間読みふけってしまった。

 しかし物語は途中から交錯し、雲上雲下がひずみ始める。「草どん」は自分が天の神様に民草の間の物語を披露するお伽衆だったことを思い出し、天上では神々がしばらくお伽衆の話を聞いていなかったということで、「草どん」=福耳彦命を天上に呼び戻す。

 やがて「草どん」の居た場所が切り崩されて団地が出来ることになる。そして天上に戻った、「草どん」=福耳彦命の耳には殺伐とした言葉しか聞こえてこない。効率優先、結果第一の余裕のない社会では物語は消えてしまうのか?

 作者は、今回の本を書く前に、全国あちこちの民話を聞き歩いたそうで、語り継がないと消えてしまう民話を途絶えさせてはいけないという作者のメッセージがファンタジーの中に強く込められている。

 文芸評論家、縄田一男は「なんと素晴らしい一巻であることか。全読書人必読の一冊と言っていい。文学史に残る作品である。」と激賞している。

(この項終わり)

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